中田文さん著『恋文』を読んでみとうせ。ビデオが紡ぐ家族愛と子育てのストーリーをともに学ぶぜよ。NHK朝ドラになったらえいねえ。

ビデオライブラリ

  • HOME »
  • ビデオライブラリ

中田文・ビデオコンテスト受賞の記録

昭和58年、初めて作った作品を、全日本世界のビデオコンテストへ応募した。奇跡は起きた!まぐれ受賞は続く!いつしか、私は”オモシロ子育てビデオ母さん”と呼ばれるようになった。

東京ビデオフェスティバル」(TVF)
主催-日本ビクター(国内外、プロアマ問わず) 後援-日本航空
審査員:南博(委員長・一橋大学名誉教授)・小林はくどう(ビデオ作家)・羽仁進(映画監督)・手塚治虫(漫画家)・大林宣彦(映画監督)・荻昌弘(映画評論家)・中谷扶二子(ビデオ作家)・山口勝弘(ビデオ作家・筑波大学教授)・菊池敏弘(日本ビクター広報室長)
全日本ビデオコンテスト
主催-朝日新聞社 協賛-松下電器 後援-テレビ朝日 朝日放送他12局ネットワーク
審査員:大島渚(委員長・映画監督)・谷川俊太郎(詩人)・橋田寿賀子(脚本家)・山藤章二(イラストレーター)・かわなかのぶひろ(ビデオ作家)・伊藤牧夫(朝日新聞専務取締役)・板根巌夫(朝日新聞編集委員)

昭和58年『ぼくたちの夏休み』第6回東京ビデオフェスティバル【TVF】奨励賞(世界18カ国)
  〃 『スタンバイ・オッケー』・・高知県ビデオコンテスト・アイデア賞(主催:高知放送)
昭和59年『お父さんおかえりなさい』第7回【TVF】・ビデオケーション賞
昭和60年『たっ君は店長さん』第4回全日本ビデオコンテスト 大賞(女性初・応募数721点)
昭和61年『ぼくの勉強部屋』第9回【TVF】・手塚治虫賞(世界24カ国・応募数1425点)
昭和62年『わが家の塾騒動』第6回全日本ビデオコンテスト・佳作(応募1061点・審査・大島渚)
昭和63年『ぼくは忘れない・学芸修学旅行上海列車事故』・第11回【TVF・大林宣彦賞】
平成元年『少年老いやすく学なり難し』愛媛ビデオフェスティバル・審査員特別賞(小林はくどう)
  〃 『お勉強』”あなたが主役”フジテレビ・大賞受賞(審査委員長:片岡鶴太郎)
平成2年『6・3・3で12年』愛媛ビデオフェスティバル・・・審査員特別賞(小林はくどう・渡辺誠)
平成3年『ぼくたちの夏休みPART2』  〃       審査員特別賞(小林はくどう・渡辺誠)
  〃 『通知票』”あなたが主役”フジテレビ・大賞受賞(審査委員長:朝潮関)
  〃 『九九』第10回全日本ビデオコンテスト・佳作(応募数1635点・大島渚・橋田寿賀子) 







○たっ君は店長さん(全編版)

柔道の強い兄と弟にはさまれて存在感の薄かった次男たっくんが我が家に大賞をもたらした!
(第4回全日本ビデオコンテスト 大賞)
お魚もさばけてお金も任せられる、こんな得意技があったとはねえ・・・子どもは可能性がいっぱい!!
※ビデオを収録しているテープにカビが発生しておりました。デジタルデータに変換するにあたり最善を尽くしましたが、26秒~1分13秒間の音の乱れ・割れ・聞き取りにくさと一部映像の乱れを防ぐとこができませんでした。万全の状態で公開できませんこと、心よりお詫び申し上げます。





○ぼくたちの夏やすみ



「リリリーン」電話が鳴った。その30分後、「リリリーン」また鳴った。はじめは全日本ビデオコンテストから、次は東京ビデオフェスティバルからの入賞のお知らせだった。
人生にこんな日が来るとは・・・
家族会議で、子供たちの目標が決まった。そしたら、それをビデオに撮って作品を作ってみたくなった。クライマックスは、歴史ある一条神社の境内で行われる、勝ち抜きすもう大会。たっくんもよっぴーも目標を達成した。
兄ちゃんはその日少年武道(柔道の部)全国大会(日本武道館)に出場していた。それが見事全国大会・団体優勝。みんなあが目標を達成。
編集作業は、生後6ヶ月の赤ちゃん連れて、駐在所で機材の説明書とにらめっこ。テロッパー(字幕挿入機)の操作に四苦八苦しながら、最後は音声入力のアフレコ。これは緊張した。
受賞後の秘話を一つ。主人の弁「照明のライトに虫が群がりついて、手は離せんし、嫁さんには、『アップで撮って! 感動を追って!』言われるし、体中、蚊に刺されまくりよ。暑いわ、かゆいわ、前の客には『虫が来る、ライトを消せ!』言われて怒られるわ、ことうたぜよ。ハッハッハッ」














○わが家の塾騒動

 昭和62年の4月。小6のよっぴーが、突然妙なことを言い始めた・・・「お兄ちゃん、僕も学芸へ行きたい。塾へ行って勉強して通るろうか?」
 塾ねえ。兄ちゃんのときも“幕末の志士”の説得が大変だった。「そうだ、これを追ってみよう!」私の燃えやすいハートに火が付いた。
 子供たちは、総じてよっぴーに厳しい意見を投げかけているようだ。とはいえ、何をおいてもお父さんが最大の難関。お父さんのこわ~い顔を超アップにして、一時停止。その画像の上に、タイトル『わが家の塾騒動』の字幕でスタートした。
 兄ちゃんが家庭教師を買って出たが、当の本人は、大きなアクビばかり・・・
 “学校、柔道、塾、家庭学習”の日々三ヶ月半。結局何もかも中途半端となり、約束の4ヶ月で退塾させられた。
 親と子の秘話を一つ。退塾させられた8月1日、よっぴーは部屋の中で泣いていた。私は慈愛を込めて声を掛けた。「塾通いは無駄ではないからね。今は柔道を一生懸命やった方がいいと思う。本当に勉強したくなる“時”が必ず来るから・・・」






○ぼくは忘れない 上海修学旅行列車事故

 編集作業の最後は、長男の魂込めてのアフレコだった。
 終わった時、二人とも涙が溢れ震えが止まらず、長男と抱き合って泣いた。
 『明日への旅立ち』長男が中心になり学芸高校のクラスメートで創り上げた短編映画だ。文化祭では評判となり、テレビ局の取材も受けた。
 長男の親友で悪役を見事に演じた恒石君はビデオを再編集してコンテストに出し、大林監督に会いたいと言っていた。まさかその後悪夢が襲おうとは・・・
 長男と恒石君たちは中国に修学旅行に出かけた。そして上海修学旅行列車事故に巻き込まれた。運命のいたずらで、長男は助かり、恒石君は命を落とした。
 帰国後、長男がようやく口を開いた。長男と、恒石君の思いを記録に残そうと約束した。“死”とは何か?長男の真剣な苦悩をそのまま描き切った。
 私の作品の中で、唯一心重く苦しい、辛いビデオ制作であった。
 社会に与えた影響の秘話を一つ。このビデオ作品をみたマスコミ関係者は、被害者を火葬場までも追い回す取材姿勢のあさましさを思い知ることになった。これを契機に事件報道のあり方が大きく変わっていったという。







































中田家は、多数の受賞歴を誇る母・中田文だけではなく、父・優、長男・勝久君、次男・貴久君、三男・善久君、四男・聖久君みんながビデオ作品づくりにかかわっています。そんな「おもろい」中田家をテレビが放っておくはずがありません。テレビで取り上げられ、放送された秘蔵の番組を大公開。あなたも中田家の秘密の目撃者になってください。






○NHKおはようジャーナル 次男・貴久君が「若きかつおタタキ名人」として紹介されました。







○NHKおはようジャーナル 母・中田文が「女性では珍しいプロのビデオカメラマン」として紹介されました。







○NHKイブニングネットワーク 三男・善久君の父・優の仕事姿に密着した映像作品と母・中田文の大賞受賞作品「たっくんは店長さん」が放映されるとともに、スタジオで母・中田文、父・優、三男・善久、四男・聖久が紹介されました。







○KUTVイブニングKochi 母・中田文の作品「ぼくの勉強部屋」が東京ビデオフェスティバルで奨励賞を受賞したことが紹介されました。







○RKCこうちToday「がんばれ子供たち」コーナー 中学生店長として雑貨店を切り盛りする次男・貴久君が紹介されました。







○RKCこうちToday 長男・勝久君の学芸高校のクラスメートたちが文化祭に向け映画制作に取り組む様子が紹介されました。







○NHKイブニングネットワーク 上海列車事故を描いた長男・勝久君の作品「ぼくは忘れない」が紹介されました。







○NHK高知「私のビデオ・アイ」コーナー 土佐山のもち投げを撮影した母・中田文の投稿作品が紹介されました。







○NHK高知「私のビデオ・アイ」コーナー 運動会を撮影した父・優の投稿作品が紹介されました。

恋文おまんが好きぜよ!事務局です。お気軽にどうぞ。

PAGETOP
Copyright © 中田文の世界 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.